• sarah

Vol. 79 慈悲と自己満足


前回のVol. 78で「哀れみ」について指導霊からメッセージがあったのですが、それは私がタレントAさんの娘さんの事故死を知って「これは親にとっては辛すぎる」と考えていたら、「それでは哀れみについて話そう」と指導霊がメッセージを送ってきたものです。


前回のメッセージだけでは書けなかった、もっと分かり易い説明がその後私と指導霊との会話であったので、なるほどと思うことなので、みなさんにも気持をシェアしていただければと書き記します☆





指導霊「おまえのその哀れみは自己満足だと言える」


私「ええええ~!なんで?心から傷みを理解しようとしているし、ほんとに親にとっては辛いと思うのですが...。では私のこの気持は蔑みや見下しも入っているってことですか。それは絶対にありえません」


指導霊「可能性としてはそれも微妙にあり得るので、内観せい」


私はその後内観して気持を整理することになりました。霊界の法則を知っている私は「死」について悲しいという気持はしばしの別れへの悲しさになっていて、悲しむなら、そのしばしの別れと、辛い死に方ならそれに対してであり、Aさんも娘さんは肉体はなくなっても生きているし、そばにいるし...、でもそれを理解出来てない人達には「死」は辛すぎる、特に愛するものの死はと考えます。でもそれがもし、慈悲でない哀れみであるとするならば、「霊界の法則に気付いている人、気付いていない人」との区別化を私自身がしている可能性があるってことだと内観しました。


私「なるほど。区別をした気持がどこかであるなら、それは霊界の道として完全ではないってことですね」


指導霊「そうじゃ。それは奢りに繋がる紙一重だからじゃ」


私「それが怖い面での自己満足になるわけですね。危ない所でした。ありがとうございます」


指導霊「沙羅よ、それではおまえは、今回のこと、相手に対してどう思う」


私「改めて考えると、やはり親の気持を考えると辛く悲しいことであると胸が痛くなります」


指導霊「慈悲と自己満足の違いはそこなるぞ」


私「へ?」


指導霊「もう一歩魂を磨きたいなら、自己満足から、慈悲の気持へと移るのじゃ」


私「?」


指導霊「悲しい辛いであろうと相手の気持を理解しようと同情することも気持としては正解じゃ。でもそれだけなら自己満足で終わってしまうじゃろう。それを慈悲の気持に変えるには、同情の気持から、さらに相手のために祈る事。それが慈悲の気持なのじゃ」


私「ご家族の心の悲しみ傷みが少しでも癒されますように。そして娘さんが成仏できますように...」


指導霊「そうじゃ、その気持こそ慈悲の哀れみなるぞ。相手のために祈ること、それ大切なるぞ」




全くもってあっぱれな守護霊からのお言葉でした。哀れむことは一歩間違うと奢りや見下しといった怖い面の自己満足が存在すること。そして、慈悲の上でなりたつ哀れみ(いわば魂に響く哀れみ)とは、同情からさらに進み、その人の為に心から祈り願うこと。霊界道の教え、まだまだ一杯あります。



公開日:2007年01月21日



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