• sarah

Vol. 287 「自分」が「私」をつくっている


タイトルの通りであれば、未来は自分で変えられる筈なのに、

全ては初めから決まっていて、自由意志はないという。

それは、今書いてる、思っているのが「私」であって「自分」ではないから。

「自分」が書いたシナリオの中の「私」だから。


最初はそれに大変救われたが、納得すると今度は絶望が押し寄せてくる。

だったら何をしても意味がないと。

努力も無駄。経験も無駄。生きてることが無駄。


では「自分」は何がしたいのか。

「自分」とは何者でどこへ向かっているのか。

「自分」に正解はあるのか。


など、新たな探究心が湧いてきた。


私の体験上、この世に偶然はないし、導きをくれている何かがいてくれてるのも事実。


「自分」は一体何がしたい?

そして、未来は絶対に変えられないのか。

アセンション(この次元のまま次元を上昇させる)を過去にこの3次元では何度も失敗していて、今回こそ成功させようとしている、ということにも矛盾が出てくる。

すでに未来は初めから決まっているのに何を挑戦する?と。


矛盾点は「私」が調べて「私」の中で納得するしかない。


「私」はやっぱり偏屈だから、未来はすでに全て決まっていても、

奇跡ってあるとおもうのだ。


どうやらそれはあるらしい。

未来は変えられるってこと。


未来は決まっているのに変えられるってどういうこと?って思うが、

「私」が納得した答えは、無数の世界線が存在し、

より「私」にとって良い世界線に移行することが可能だということ。

「私」が主人公のシナリオが無数にあるという。


そして、その導き(ヒント)は必ずあって、

絶えずメッセージをくれてるってこと。


だって、「自分」は「私」のハッピーエンドを望んで期待してるから。

「自分」が思うハッピーエンドとは「愛」を確認することらしい。

とても面倒なことをしてる「自分」ってそもそも何?どこから来たの?


また探究心が湧いてくる。


以前の私は、スムーズに物事がいかないことがあると、

「するな」ってメッセージだと思っていて、

自分にとって良くないことだと思っていた。

いや、思い込まされていた。

でも、違う意味での「するな」メッセージがあると気付く。

それをやってしまうと違う世界線に変わるから。

要は、違う世界線に行ってもらったら「自分」が書いたシナリオが一つ完結せずに終わってしまうから。

もっと引き伸ばして「愛」を確認したかったのに、途中でさっさと「愛」を確認して貰っては面白くない。

でも「自分」は「私」が可愛いから、それをしても怒ることもしないし、次の世界線はより「私」が希望するものに近づいたものになっていくらしい。


その見極めが「意識」であり「直感」で「目覚める」というのだと思う。


と言いつつ、この真理らしきものも、さらに上があるのかもしれない。

私が第一段階の目覚め(気付き)で教えられた「霊界道」と一緒で、

またいつか、これも次の目覚めのためのもので、実は。。。

というストーリーになるかもしれない。

でも、わくわくするのだ。やはりこの世界の真理って。


なので、素直にその導きに沿ってこれからも探求したい。

閲覧数:7回0件のコメント

最新記事

すべて表示

修行